ナイキのデジタル戦略は注目に値する

NIKEの2020年6-8月期決算は利益が市場予想を大きく上回る

・売上高は前年同期比-0.6%の105.9億ドル(予想91.4億ドル)

・EPSは0.95ドル(予想 0.47ドル)

→前年比で14%減少すると見られていた売上高はほぼ横ばいに収まり、1株あたりの利益(EPS)は市場予想の2倍となった。

→デジタル部門の売上高は前年同期比+82%と、前四半期(2020/3-5)の+75%からさらに加速し、店舗販売の減速を大きくカバーした。

今回の決算で注目すべきは利益水準が予想以上に高かったことだが、これを受けて今後目標株価が引き上げられることは必至だ。要因としては売上高の上振れに加え、販管費の減少(マーケティング支出の減少により前年より 11%減)があるが、明らかに直販体制やデジタル化へのシフトが同社の利益率を向上させていると考えられる。

ナイキのデジタル化は数年前から用意周到に進められてきたものであるが、コロナショックを機に想像以上のスピードで進んでいる。2023年度までにデジタル部門の売上を30%にするという目標は、大幅に前倒しで達成された。

依然として株価のバリエーションは高いが

決算前の段階で、市場は2021年5月までの通期EPSを2.43ドルと予想していたがこれは大きく修正されるはずだ。従来予想に基づくPERは、130ドルの株価で計算すると53倍だったが、少なくとも40 倍台までは低下するものと思われる。

さらに会社側は撤回していた2021年5月の通期の見通しを改めて公表し、成長率が1桁後半から2 桁前半へ増加するとの見通しを示している。利益率の向上に加え、トップラインの成長余地があることは大きな材料だ。割高な株価を考慮してもデジタル戦略の成功は同社の長期的な魅力をさらに引き上げており、長期保有銘柄には適しているだろう。

また今年からCEOに就任にしたJohn Donahoe氏はeBay、ServiceNowのCEOを歴任しているが、デジタル化をさらに推し進める上でこれ以上の人選はない。特に2017年に就任したServiceNowでは業績を急拡大させて、在任期間中に株価を3倍に押し上げた実績がある。


ナイキのデジタル戦略は多くの小売メーカーの模範となる

ナイキは往年の名スター選手マイケル・ジョーダンのシューズで今でも莫大な利益を稼いでいるし、タイガー・ウッズのおかげで用具ビジネスから撤退した今もゴルフ界におけるプレゼンスが高い。とにかくー流スポーツ選手を広告塔に起用するマーケティングが上手なのだが、今やデジタル戦略においても最先端を行く。代表的なのは直販であるD2C(Direct to Consumer)だろう。ナイキは顧客の分析やターゲティングを行うために、情報が得られないアマゾンなどの外部サードパーティーへの出店を取りやめ、自社サイトによる販売体制へ移行した。特にEC最大手のアマゾンからの撤退は少なからず衝撃を与えたが、足元の状況はその判断が正しかったことを示している。

ニューヨーク、上海、パリで導入されたナイキの戦略的店舗「House of Innovation」では、オンラインとオフラインの融合によって新しい時代の顧客体験を実現しようとしている。デジタル化が進んだ今も、消費者のリアルな購買体験に対するニーズは依然として高い。商品にはバーコードではなく、QRコードが設置されアプリでスキャンしその場で支払いまで完了できる。在庫がない場合はオンラインへ移行し、自宅で受け取るよう手配ができるなどオンラインのスピード感を兼ね備えた店舗戦略だ。

House of Innovation

ナイキの取り組みはD2Cが店舗とのシームレスな体験を実現するためにも不可欠であることを示しているが、これはアマゾンのようなマーケットプレイス運営に大きな課題を突き付け、ショッピファイなどのEC構築プラットフォームのっては朗報だろう。

またナイキは販売戦略の大幅な見直しに伴い、自社製品を卸す小売パートナーの選別化を進めている。自社アプリと連携した店舗作りを進めるフットロッカーなどのパートナーとはより親密な一方で、特別な協力が得られそうにないアマゾン傘のZapposやBelk、 Dillardsなどへの商品供給は既にやめている。ブランド力のあるメーカーは今や小売店は自ら選び、自社のエコシステムへ組み込むような力を持つようになっているのである。プラットフォームビジネスやD2C支援企業が脚光を浴びる中で、ナイキの成功は小売戦略を成功させたメーカーの成功事例として貴重だ。今後同様の戦略を掲げて、利益率を改善していくメーカーには注目していく必要があるということだ。