Veeva Systems
Veevaモデルとは
Veeva Systemsの創業者であるPeter Gassner氏はかつてSalesforceのテクノロジー担当役員だったのだが、ある日大きな勝機を見出した。それはSalesforceのシステムは幅広い業界のニーズを満たすように設計されている一方で、業界固有のニーズに応えられておらず、そこに大きなビジネスチャンスがあると考えたのだ。彼はその中でも研究開発や製造、販売に至るまで固有の構造を有しており、なおかつ複雑なグローバル規制に縛られていたライフサイエンス業界へ狙いを定めた。
そして同氏はSalesforceとの交渉の末、ライフサイエンス業界に特化すること、得られた収益の一部をSalesforceへ支払うことを条件にSalesforceのPlatformを利用して営業することが認められた。そして完成したVeeva CRMはSalesforceのCRMをベースに、独自の機能を加えることでライフサイエンス企業にぴったりの顧客管理システムに仕上がった。製品は好評で、2007年に創業されたVeeva Systemsはその後2013年に上場、そして今日に至るまで繁栄を続け今や時価総額は400億ドルにものぼる。まさに現在まで続いている成功ストーリーの1つだ。
業界特化型CRMが台頭
米国では特定の分野に特化したスタイルを「Vertical」と表現し、Veeva SystemsのようなCRMを「Vertical CRM」、SalesforceのようなCRMは「Horizontal CRM」と区別することが多い。ちなみにVeeva Systemsの旧社名はVerticals onDemandだった。
Veevaの成功モデルを模範した企業は複数あるが、その中でも筆頭は6つもの業界セグメントに同様の戦略を適用した2015年創業のVlocity(非上場)だろう。その6つとは通信、メディア・エンターテイメント、エネルギー・公益、医療、政府機関であり、CEOのDavid SchmaierはVeevaモデルが他の業界にも適用できることを早期から確信していた。何故なら同氏がかつて在籍していたSiebel Systems (2005年にOracleが買収)は、CRMツールがまだまだオンプレミスだった時代のトップベンダーだが、 まさに同様の戦略で成功したからだ。 Siebelは20業種に絞るVertical戦略を採用することでニーズを獲得し、 2000年代初頭には40%を超える市場シェアを獲得していた。
SalesforceのCRMは幅広い顧客が利用できるのが強みで、またAppExchangeをはじめ機能を拡張させるツールも豊富ではある。しかしDavid Schmaier氏は業界向けにカスタマイズするには時間も費用もかかり過ぎると判断し、そこにビジネスチャンスがあると考えたがこれは正解だった。またエコシステム戦略を重視するSalesforceにとっても、自社製品を拡張させ、新たな顧客層を開拓するパートナーの協力は望むところであった。VlocityはVeeva Systems同様にSalesforceのPlatform上にソフトウェアを展開し、またSalesforce Venturesから出資を受けた戦略パートナーとして急速に業績を拡大した。
nCinoは銀行に特化したCRM企業
キャッチフレーズは「銀行家が銀行のために作ったシステム」
nCinoは銀行特化型CRMを展開しており、7月14日に上場したばかりだ。米国のIPO市場は6月3日に本格再開して以降、8月8日までのわずか2ヶ月間強で65社が上場しているが、公募価格からの上昇率は+143%でBigCommerce、Vroom、Berkeley Lightsに次ぐ4番のリターンを出している。
銀行向けのクラウドソリューションはセキュリティの問題から浸透が遅いが、コロナ発によるDX革命はその流れを大きく変えるだろう。とうの昔から銀行はオンプレミスの非効率さとクラウド移行によるメリットは熟知しており、勘定系の基幹システム以外はクラウドへ移行する流れが進んでいた。さらにコロナ問題は、経営者にテレワークの課題を突きつけ、クラウド導入を推し進める動機を与えている。銀行はIT支出が最も多いセクターでもあり、かつその大半がオンプレミスを中心としたレガシーシステムのランニングコストであることを考えればnCinoに注目する理由には十分だろう。
nCinoが2012年にLive Oka Bankからスピンオフして誕生したのだが、IPOまで辿り着けた最大の理由はVeeva戦略をそのまま取り入れたことにある。またこれまで紹介した企業は例外なく業界リーダーであるSalesforce Platform上にソフトウェアを構築しているが、nCinoも同じだ。それには独立系で事業を進めて、いつかSalesforceとぶつかるリスクを懸念していることもあるがそれ以外にも開発環境に大きなメリットがあるからだ。
・Salesforceの開発者向けプラットフォームを利用することで、IaaSやPaaSなどのインフラを構築する必要がない。
・グローバルなインフラ環境、スケーラビリティを享受できる。
・CRMを拡張させる分野に注力でき、製品化までのスピードが早い。
・AppExchangeで顧客向け販売の機会が得られる。
特に初期費用やR&Dを抑えられることで、スタートアップ企業にとっては十分過ぎるメリットがある。既に紹介したがSalesforceは自社の製品を販売するだけではなくエコシステムを拡大する戦略を取っており、このような提携ISV(独立系ソフトウェアベンダー)へ開発環境や技術を開放する仕組みを整えている。ISV企業からは販売額に応じて一定の収益を取るモデルで、戦略的パートーナーとは個別に契約を結ぶケースもある。AppExchangeには数千にものぼるアプリがあり、全てSalesforceの製品と連携されている。
Salesforceの2020年2-4月期決算資料より「セグメント別売上高」
左から3番目、Platform&Other事業は今や最大かつ最速で成長しているセクターであり、2020年2-4月期の成長率は+62%だ。調査会社IDCによると2019年時点でSalesforceのエコシステムの規模は本体の4倍あり、それが2024年には6倍に達するとの見込みだ。Salesforceはエコシステム企業の支援を通して大きな恩恵を受ける仕組みを作り上げている。
nCinoのBankオペレーティングシステム
nCinoの役割は銀行特有の多岐にわたる複雑なプロセスを効率化、自動化、可視化、データ化することにある。銀行のシステムはその役割や部署によって分断されているケースが多く、また機能を追加するため別々のシステムが繋ぎ合わせて作られている。さらに勘定系システムなどは通常オンプレミスで運用されるため、データを活用するためにはクラウドとオンプレミスを接続するソリューションが求められる。同社の顧客の1つであるSantander UKはnCinoのソリューションによって13にもまたがっていたレガシーシステムを単一のクラウドプラットフォームへ置き換えることで、あらゆる業務を効率化することに成功した。
nCinoが提出したS-1によると2020年1月時点で顧客数はBank of America、Barclays、TD Bankなどの大手を含め1,180社。ただメインのnCino Bankオペレーティングシステムを導入した企業は290社で、残りは買収したポートフォリオ分析ソリューションVisible Equityの顧客が中心。収益構成において上位2社の占める割合は6%と低く、一部の顧客に依存した体制でないことは好感が持てる。株主構成をみるとIPO後も投資ファンドのInsight Partnersが42.6%を持つ主要株主で、Salesforce12.1%、Wellington Management8.6%となっており、どこかに飲み込まれる可能性は十分にあり得る。
Veevaモデルの弱点は
言うまでもなくSalesforceに依存していることである。ちなみにSalesforceはnCinoと競合事業を行うことも同業者を支援したり、買収したりすることについても何の制約も受けない。SalesforceのISVパートナーにCPQ(見積請求管理)のApttusという企業がある。最近Congaという同じくISVと合併した同社はSalesforce Platform上にシステムを構築するパートナーであったが、2015年にSalesforceはライバル企業のSteelbrick(現在のSalesforce CPQ)を買収したことで大きな脅威に晒された。
また2009年に設立されCloud Crazeは、Salesforce Venturesからの出資も受け、Shopify、BigCommerceなどと同じようなEC構築ソフトを手掛けていた。Salesforce Platform上にシステムを構築することでCRMツールとの連携を強みにしていたのだが、Salesforceは2016年にDemandwareを買収してCommerce Cloudという競合事業を持つようなった。Cloud Crazeはその後2018年にSalesforceに買収された。
Salesforceも業界に照準を合わせたCRM製品を投入
2015年に最初のVertical製品であるFinancial Services Cloudを皮切りに、Health Cloud、Manufacturing Cloud、Consumer Cloudと次々と業界モデルを投入した。多くのISVパートナー達が埋めてきた業界固有の問題に対して、自らが対処するようになれば必然的にパートナー企業との棲み分けが問題となってくる。例えばFinancial Services CloudとnCino Bankオペレーティングシステムは同じく金融機関向けに提供するCRMということで重複する。
2018年に立ち上げられたSalesforce for Bankingはその答えであり、Financial Services CloudとnCino Bankオペレーティングシステムを組み合わることで機能するリテールバンキング用のシステムになった。nCinoにとってFinancial Services Cloudと協力するメリットは大きいのだが、その理由はSalesforceが2018年に買収したMuleSoftはオンプレミスとクラウドを接続する技術に長け、あらゆるデータを1つに統合する技術を持っているからだ。
このようにnCinoはSalesforceといいシナジーを効果を得て、共存する形に落ち着いたがファンドが大株主であることから近い将来吸収される可能性はある。そうなれば上場してわずか1年で買収されてしまったMuleSoftのようにつまらない結果に落ち着く可能性はある。序盤に紹介した6つの業界セグメントにVertical戦略を適用したVlocityは今年の6月、Salesforceに買収されることが決まった。
nCinoの株価見通し
売上高推移
2020/1 1億3,818万ドル(+51%)
2019/1 9,153万ドル(+57%)
2018/1 5,81万ドル
2020年2-4月期の売上高成長率は50%と勢いは継続。CEOのPierre Naudeはコロナ問題が同社の成長の足かせになることはないと語ったように影響は軽微で、むしろ成長スピードが加速する可能性すらある。
現在の時価総額は68億と既にかなりの評価を受けており、これは前期の売上高の52倍、今期の売上高が50%成長した場合を仮定すると34倍の規模となる。例えば今期64%成長が予想されるShopifyは売上高の49倍の評価を受けており、上を見ればキリがないが割高な水準にあることはわかる。ただVeeva Systemsも上場した前年の売上高は1億2,950万ドルで、上場時の評価は56億ドル程度と似た水準だった。そこから大きな成長を遂げて、今期の予想売上高は14億ドル程度が見込まれており、時価総額は28倍の392億ドル。当初の公募価格の13倍、初値からみても7倍だ。
nCinoも長期的な視点でみて、売上高が10億ドルを超えるようになれば必然的に投資家は大きく報われるだろう。辛抱強く保有できる投資家ならば一考する価値はあると考える。