IBMの不名誉な記録集
・売上高は2011年の1,069億ドルをピークに、2017年まで6年連続で減少。2019年には771億ドルまで低下。
・時価総額は2012-13年頃の2,300億ドルがピークで、現在は1,100億ドルと半分以下。2012年頃までほぼ同等だったMicrosoftは今や1.6兆ドルで15倍の差をつけられる。
・株価は2013年の215.80ドルをピークに現在までに40%以上下落。
・ウォーレン・バフェットは2011年にIBMへ100億ドル以上を投資したが、同社を見限り2017年から2018年にかけて全株売却。
IBMの時価総額推移(2005-2020)Macrotrendsより引用
自社株買いのおかげで下落が穏やかな株価チャートよりも、時価総額の推移の方がリアルな現状を映している。株価の下落率はピーク時から40%程度だが、時価総額は50%以上下落。つまり下落を続ける自社株を買うよりも、全額配当に回した方がよかったという結論に至る。25年連続増配は素晴らしい実績だが、今のところ投資家は報われていない。
クラウド市場で惨敗
パブリッククラウド市場は、アマゾンのAWSとマイクロソフトのAzureが大きく先行し、かなり離された3番手にグーグルクラウドがつけている。ライバル達はいずれも1兆ドル企業で、資金力も桁外れであり、もはやインフラとしてのクラウド市場ではIBMに勝ち目はない。
IBMはクラウドビジネスへの参入が遅れてしまったことが致命的だった。これは確かに難しい選択だったのだが、サーバーやストレージ、メインフレーム、それにオンプレミスのコンサルティングを提供しているIBMにとって、クラウドを推し進めれば社内の別の事業が損なわれる事情があった。そのためRometty政権では大胆なクラウド戦略へ舵を切れなかったことが最後まで響いた。
しかしIBMにチャンス到来か
IBM推奨者は例外なくその高い配当利回りを根拠に上げるが、私はそんなものに何の価値もないと思っている。5%の利回りは魅力だが、厳しいITセクターでは競争に負ければ一瞬だ。それに高い配当利回りが株価の支えにならなかったことは過去を振り返れば明らかだ。重要なのは利益や配当の原資となる、本業の成績であり長期的なビジネスモデルの優位性である。
その意味でIBMの株価を占う上で今注目すべきはRed Hat買収を機に進めるハイブリッドクラウド戦略の成否だ。しかもクラウド市場のトレンドはIBMにとって有利な方向に動こうとしており、また新CEOはこれまで以上にクラウド市場を重点においている。
これまでクラウド市場を牽引してきたパブリッククラウドは、AWSやAzureなどのサードパーティのプラットフォームにデータを保管し、自らはサーバーやストレージを保有しないスタイルだった。企業はITコストを大幅に削減できるだけでなく、データ活用の点からもメリットが大きい方法だ。しかしIBMの元CEOであるRomettyは企業のワークフローにおいてクラウドへ移行したものは2割にとどまると言う。
パブリッククラウドへの移行を阻害する要因
1.セキュリティ上の理由から基幹システムをパブリッククラウドへ移行することに抵抗を持っている。
2.既存のオンプレミスシステムをクラウドへ移行するには莫大なコストが発生するため、現存のシステムを利用せざる得ない。
1については、複数の企業が共有するパブリッククラウドではなく、プライベートクラウドという自社専用のクラウドへのニーズがある。自社のファイアーウォールの内側にクラウドを敷く方法で、安全性だけでなくカスタマイズの柔軟性もある。
2については既存のオンプレミスの設備を維持しつつ、段階的にパブリッククラウドやプライベートクラウドへシフトするソリューションが有効だ。VMwareの仮想化によって既存のオンプレミスシステムをクラウド上に移行するサービスもある。
つまりクラウドベンダーはパブリッククラウドだけではなく、プライベートクラウド、オンプレミスを合わたハイブリッドクラウド戦略が求められるようになった。オンプレミスとの共存を望むIBMにとってこの流れは理想的である。しかも買収したRed Hatはコンテナ、Kubernetesなどのテクノロジーに精通し、ハイブリッドクラウドにおいて極めて強い競争力を持っている。またAWSやAzureなど他のパブリッククラウドベンダーとの互換性を有しており、パブリッククラウドは他社に譲っても、プライベートクラウドやオンプレミスの領域で存在感を発揮することができる。
Mordor Intelligenceによるとグローバルなハイブリッドクラウド市場は2019年から2025年に457億ドルから1,280億ドルに拡大すると見られておりIBMは恩恵を受けられる可能性がある。
メインフレームは未だに健在
メインフレームとは別名、大型コンピュータやホストコンピュータなどとも言われ、企業のオンプレミスの中心的な役割を担ってきた。近年はクラウドへの移行から需要が減少し、消えるとさえ言われたが今も健在である。特にクレジットカードやATMのトランザクション処理に利用されているように高度な処理に優れ、IBMのメインフレームは未だに世界の上位100の銀行のうち96行で利用されている。
オンプレミスとクラウドを組み合わせたハイブリッドクラウド戦略においてIBMのメインフレームは新たな役割を持つように改良されてきた。それはオープン化への取り組みであり、メモリやストレージの提供から仮想化に至るまで重要な役割を担っている。かつてはメインフレームを中心としたシステムを放棄し、新たなクラウドシステムを構築する選択肢もあったが、今や既存のシステムをクラウドへ適用するスタイルで十分に対応できる。価格競争力次第では今後もオンプレミスの要としてだけではなく、クラウド時代でも重要な役割を果たす可能性はある。
オンプレミスへのソリューションはMicrosoftm、Amazon、Googleがいずれも参入
IBMが既存のオンプレミス設備をクラウドへ適用させる企業だとすると、MicrosoftとAmazonはクラウドに適したハードウェアを投入してきている。「AWS Outposts」はAWSのクラウドに完全に適用したハードウェアシステムである。
AWS Outposts
ハイブリッドクラウドにおいて最も問題となるのは、パブリッククラウド、プライベートクラウド、オンプレミスをつなぐことにより「サイロ」が発生することにある。その点でクラウドに適したハードウェアを導入することでオンプレミス設備と完全な互換性を持たせることができる。
マイクロソフトはいち早くAzure Stackという同様のオンプレミスソリューションを提供しており、DellやHPE、Lenovoなどが提供するハードウェアにその機能が組み込まれてきた。マイクロソフトは大手の中でも一早くハイブリッドクラウド戦略の重要性を理解していた企業であり、これまでの実績が先見の明と素早い行動によって成し遂げられてきたことがよく分かる。Googleも同様の戦略をとってきており、さらにはIBMが得意とするメインフレームシステムをクラウドへ移行する専門企業Cornerstoneを買収するなどライバルの動きも素早い。
かつてオンプレミスのソリューションは各社ともにVMwareに頼ってきた。同社は企業のオンプレミス環境をクラウドへ移行する仮想化が有名であり、抜群の存在感を持つ。「VMware Cloud on AWS」では企業が持つオンプレミスの設備をそのままAWSへ移行できる。Microsoftとは「Azure VMware Solution 」、Googleとは「Google Cloud VMware Engine」、Oracleとは「Oracle Cloud VMware Solution」、IBMとも「VMware on IBM Cloud」という同様の提携戦略を結んでいる。
しかしアマゾンやマイクロソフトらはそれに留まらず独自のオンプレミス向けハードウェアを投入してきており、ハイブリッド市場への本格参入している。
新CEOのArvind KrishnaはRed Hat買収を牽引した元クラウド部門の責任者
8年間CEOを勤めたRomettyの在任期間中の株価はマイナス24%で、評価はまさにボロクソだった。新CEOのArvind Krishna氏はマイクロソフトのSatya Nadella、アドビのShantanu Narayen、アルファベットのSundar Pichaiと同じく今をときめくインド出身のCEOだ。特にクラウド部門出身という点ではMicrosoftのSatya NadellaCEOとかぶる。NadellaはMicrosoftを完全なるクラウド企業に作り上げ、CEO就任後に株価は8倍以上となった。
IBMの新CEOArvind Krishna氏はRed Hatの元CEOであるJim Whitehurstを社長職に任命しており、明らかにクラウドを中心に据えた戦略を展開するだろう。聖域なき改革を推し進めることができればIBMを再評価する時期が訪れるかもしれない。
かつて90年代、苦境に陥ったIBMを救ったのはマッキンゼー出身のLou Gerstner氏だった。同氏はIBMのハードウェア中心のビジネスをサービスへ転換することで大成功を収めたのだが、IBMのような複雑なビジネス構造を持つ企業にとってCEO次第で劇的に変わる可能性がある。
IBMの業績状況
IBMはクラウド事業とその他というような区分けはされておらず、複数のセグメントにおいてクラウドとその他事業に区別されている。2020年4−6月期に売上高は前年同期比−5.4%の181.2億ドルだった。
セグメント
・CCS(クラウド&コグニティブソフトウェア)
・GTS(グローバル・テクノロジーサービス)
・GBS(グローバル・ビジネス・サービス)
・システム部門
2013年にクラウド部門の収益は4%程度であったが、昨年2019年には212億ドルで全体の27%を占めるまでに成長した。2020年6月までの過去12ヶ月ではクラウド部門の売上高は235億ドルで、全体755億ドルのうち31%を占める。4−6月期のクラウド部門の収益は為替変動の要因を除いて+34%の63億ドルだった。現在の成長率が続けば2年ほどでクラウド比率は50%を超えることになる。