決済業界の考察①VISA・Mastercard



もし10年前にVISA株を買ってそのまま保有していたとすると、配当を除いてその価値は10倍、MasterCard株に至っては15倍だ。クレジットカードで有名なこの2社のリターンはとにかくモンスター級であり、1,000億ドルを超える大型株に絞ると10年リターンでMasterCardに勝る企業はAmazon、Netflix、NVIDIA、それと上場して未だ5年のShopifyぐらいしか見当たらない。



VISA・MasterCard売上高推移(2009-2019)

売上高を見ると、2009年から2019年までの年率成長率(CAGR)はVISAが12.77%、Mastercardが12.72%とほぼ同じで、3倍以上に拡大した。しかしこれはAmazon、NetflixなどのIT企業に比べればはるかに低いのだが、その代わりに利益率の高さ、キャッシュフロー獲得能力がずばぬけている。また大規模な設備投資も不要で、稼いだお金は積極的に投資家へ還元されている。


EPSの成長率は売上高成長率を大きく上回る。

・VISAの売上高は過去5年間で81%増加したが、EPSは2倍に。
・Mastercardの売上高は過去5年間で79%増加したが、EPSは2.3倍に。


決済ネットワークに特化した2社のビジネスモデルにおいてコストはほぼ固定化されており、決済のボリュームが増加(売上高が増加)するほど利益率が向上する仕組みだ。マスターカードの営業利益率は上場した2006年当時の10%台半ばから足元は50%台後半まで上昇しており、ビザに至っては60%台後半だ。さらに豊富なキャッシュフローを原資に大規模な自社株買いを行ったおかげで、1株あたりの利益成長率は売上高成長率を大きく超える。両社とも発行済み株式数はこの10年で3割近く減少した。




今期はいずれも上場来初の減収となる見込みではあるが、コロナ問題は決済業界におけるデジタル化をさらに推し進めるだろうし、足元では巨大なマーケットを抱える中国がついに米企業へ市場を開放する見込みであり長期的な展望は悪くはない。ただし株価のバリエーションは高く、今期は無視して2021年度の予想利益を使ってもVISA・MastercardともにPERは32〜33倍となる。今後5年間において売上高成長が1桁台後半、EPS成長率が10%台が予想される企業にとってはまぁ高い水準と言えるだろう。




さらに新たな決済方法として中国やインドなどの新興国ではモバイル決済が主流となりつつあり、米国ではVenmo、Cash AppなどのP2Pネットワークを利用したデジタルウォレットが流行している。インドやインドネシアなどのアジア諸国では国家が主導するNational Payment Gatewayが生まれ、露骨に米クレジットカードネットワークを排除する動きも見られる。最近ではブロックチェーン技術を用いたCBDC(中央銀行デジタル通貨)の導入が現実味を帯びつつあり、将来決済のあり方そのものが変わる可能性すらある。




これらの状況を含めてカードビジネスが今後も安泰であるのかは、多くの投資家が注目するところだろう。今回はVISAとMasterCardの2社のビジネスが、果たして今後も高いリターンを上げ続けることができるかどうかについて検証していきたいと思う。第一弾として、今回はクレジットカードの競争力の源泉となる仕組みについて学び、その後QRを用いたモバイル決済がクレジットカードネットワークに置き換わる可能性について検証したいと思う。


クレジットカードビジネスの秘密。そして「Interchage fee」の規制こそが最大のリスク


アメックスやJCBのように自らカードを発行する決済ネットワーク企業もあるが、市場の大多数を占めるVISAとMasterCardのモデルでは必ずカードを発行する銀行の協力が不可欠となる。これは2社がもともと銀行がクレジットカードビジネスを始めるために設立された非営利組織であることが関係しており、銀行が各々でネットワークを構築する手間を省き、共有できるものとして生まれたことが理由だ。結果としてカード発行は行わず、黒子に徹したVISAの時価総額は米銀最大手のJPモルガンを大きく上回る存在となったのだが、カードビジネスにおける主役はあくまで銀行である。



クレジットカードやデビットカードはとにかく銀行にとって儲かるビジネスだからこそカードを量産し、決済ボリュームを増加させる動機が生まれ、その結果VISAやMastercardのネットワークが儲かるという構図だ。収益は最終的にカード発行銀行とネットワークに加え、加盟店を管理するアクワイアラで分配するが、最大の取り分を得るのはカード発行銀行だ。



カード発行会社が受け取る収益は「インターチェンジフィー」、別名「スワイプフィー」とも呼ばれ、アクワイアラが加盟店から徴収してカード発行会社へ支払う。この金はカード収益の大半を占める莫大なものであり、銀行がカード事業を推進する動機を生み、また利用者への報酬に使われことで競争力を生んでいる。インターチェンジフィーはビザとマスターが業種ごとに料率を定めているのだが、米国では過去10年で2倍近く膨れ上がっており、これが一方で小売業者と激しく対立する要因ともなっている。(ちなみに日本ではインターチェンジフィーが公表されていない。)



米国ではデビットカードのインターチェンジフィーが規制されているが、仮にクレジットカードにおいても規制されるようだとその影響は計り知れない。小売店が支払うインターチェンジフィーは銀行、利用者、カードネットワーク全てを潤し、ビジネスモデルの根幹をなす収益だからだ。これが減れば銀行の取り分はもちろん、利用者へのキャッシュバックの原資が制限されることになる。




ただインターチェンジフィーは業界を独占するVISAやMasterCardが決めているのだが、自ら受け取るものではないところにカラクリがある。受け取るのはカード発行銀行だから、独占には当たらないという見解が今に至るまで通用している。ただ欧州や豪州などの一部の国では既に上限が定められ、欧州のクレジットカードのインターチェンジフィーの上限は0.3%で、デビットカードは0.2%だ。それに対して米国のクレジットカードのインターチェンジフィーは平均で1.8%と大変高く、そこにVISAなどのカードネットワーク手数料、加盟店管理を行うアクワイアラの手数料が乗っかるわけで、加盟店が怒り狂うのも無理はない。




過去にウォルマートとVISAはたびたびインターチェンジフィーを巡って裁判沙汰になっているし、つい昨年もスーパーマーケットのクローガーがビザのクレジットカードの受け入れを拒否するなど対立が起こっている。2005年に小売店による集団訴訟が起こったが、争いは今に至るまで続いているように問題は根深い。クレジットカードは小売店にとって天敵と言える存在だが、加盟店手数料は最終的には価格に転嫁されて消費者が負担するものであるから社会に高いコストを押し付けているとも言える。



決済ビジネスにおいて加盟店メリットと消費者メリットは一致しない。


カード社会における高コスト体質は確かに大きな問題であることから、加盟店コストを大幅に下げるソリューションは一見すると小売店からの支持を集め、爆発的に普及するように思える。しかし過去を振り返ればそれは逆であり、加盟店に重税を課し消費者へ恩恵をもたらす決済こそが競争力を持つことが分かる。



その典型的な例が、2011年にWalmartやターゲット、ベストバイなどの小売企業が中心となった設立されたMCX(Merchant Customer Exchange)である。MCXが開発した決済プラットフォームの「CurrentC」はQR決済を導入することでカードネットワークを排除し、安価なACH(Automated Clearing House)決済を利用することで手数料を大幅に節約できるはずであった。




しかしMCXはとうの昔に消滅しており、その決済システムである「CurrentC」を引き継いだJPモルガンの「Chase Pay」も店舗における利用は既に終了している。MCXは小売業者の足並みを揃わなかったこともあるが、米銀最大手のJPモルガンによる決済システムも結果的には惨敗で終わったことは受け止めるべき事実だ。消費者は慣れ親しんだカードを放棄し、しかも米国で広く浸透しているNFCではなくモバイルQR決済を利用することに馴染めなった。Chase Payは途中からSamsungペイと提携しNFCへのアクセスを提供したが、それは結局焼け石に水だった。何よりの誤算は小売店が待ち望んでいたはずの低コスト決済は消費者へ何のメリットももたらしておらず、主導権が誰にあるかを理解していなかったことだ。




皆が一斉にクレジットカードの利用を止め、安価な決済手段を利用すれば社会全体のコストを押し下げるかもしれない。しかしそれは現実的ではなく、消費者がまさに今、より多くの報酬を得られる決済手段を選択することは合理的な話だ。クレジットカードの高い手数料はカード利用者への報酬プログラムの原資になることで消費者には魅力的である。カード決済が広く浸透した先進国においてQRを用いたモバイル決済がその牙城を崩すのは容易ではない事がよく分かるだろう。




給与の入り口が銀行口座である限り、銀行を中心決済は変わらない。




日本でもPayPayなどのサードパーティによるモバイル決済が爆発的に普及しているが、これを牽引したのは消費者への大規模なキャッシュバックだろう。ただし問題は継続的に利用者を繋ぎ止める報酬を出し続けられるかどうかだ。後ほど述べるが決済は赤字で他でマネタイズというビジネスは恐らく通用しないと思っている。



モバイル決済といってもクレジットカードへ紐付けた決済では、これまで述べた通り莫大なコストが発生する。PayPayだろうが楽天だろうが、どんな会社が間に入ろうがインターチェンジフィーとカードネットワークへ支払う査定費は例外なく業者へ請求される。そのためサードパーティ業者からすれば、できれば銀行口座からのチャージへ誘導したいのだが、その手数料ですら最近は上昇傾向だ。


QR コード等を用いたキャッシュレス決済に関する 実態調査報告書



今年の4月に公正取引委員会が日本のモバイル決済の現状を報告している。まぁ予想通りサードパーティ決済業者の命運がいかに銀行に委ねられているかがよく分かる内容だ。実名は出ていないがゆうちょ銀行が決済手数料を大幅に引き上げたことは事実だし、PayPayが三菱UFJ銀行で取引できないことは、だいたいどういう事情があるかは推測できる。



現代の決済手段はクレジットカードだろうが、モバイル決済だろうが銀行を介すものであり、それが高いコストを生む最大の要因となっている。AlipayやWechatPayのようにユーザーがモバイルウォレットに資金を保管するようになれば一番いいのだが、そのハードルはかなり高いだろう。モバイル決済はセキュリティに不安がある上、銀行口座で受けられる保証がないことが致命的だからだ。


プライバシー問題とジレンマ


中国のモバイル決済のように決済手数料を無料にし(〜0.6%)、融資や広告でマネタイズするモデルは、先進国ではプライバシーの観点から難しいだろう。米大手ITに向けられた、個人情報を利用したビジネスへの批判は未だに多い。中国のインターネット文化はとにかく「利便性」が重視され、合理的ではあるのだが、それを前提に日本や米国のモデルを想定することはできない。




しかし中国のモバイル決済はクレジットカードよりもはるかに先進的であることはすぐに分かる。例えば我々が使うクレジットカードにはリボやキャッシングなどの機能がついているが、はっきりいって使い物にならない。確かに無審査で誰もが利用できるものであっても、この低金利化で年率15%もの暴利を取る金融サービスに価値はあるのだろうか?




一方でスコアリングをベースに提供されるAlipayの融資プログラム「花唄」は個人に合わせて適切な金利や利用額が提供される。しかも貸し倒れ率は一般的な銀行よりもはるかに低く、効率的に運用されている。自動車保険や健康保険もいずれは1人1人のリスクに合わせてコストが決定されるようになれば牽制機能が働き、社会全体の利益となるだろう。ただしこういった機能は常にプライバシーの問題と隣り合わせで、先進国では利用が難しいジレンマを抱えることになるだろう。




また米国では、すぐにでも金融業界を支配できるアマゾンが何故銀行へ進出しないのか?何故AppleがGSと組んでクレジットカードを発行するのか、全ては規制の問題だ。大手ITは10年以上前から決済業界における主要なプレイヤーになると予想されてきた。しかしVISAやMastercardの脅威となることはただの一度もなく、あくまで既存のインフラに乗っかかる一業者に留まっている。



これまで述べたとおり、私はカードを中心とした既存の決済システムは強固であり、容易に変化は起こらないだろうと予想はしている。ただ仮にカードが主要な決済手段ではなくなってもVISAとMastercardは生き続けるだろう。両社は既にカードネットワークを超えた仕組みを構築しつつあり、最近は銀行よりもフィンテック企業寄りで緊張感を生んでいる。



次回はPaypalやSquareをはじめとしたフィンテック企業との関係や、今注目されているP2P決済に関する考察を行う予定。