決済業界の考察②PayPal

決済業界の考察①VISA・Mastercard 前回は決済市場におけるカードネットワークの仕組みについて学び、VISAとMasterCardのビジネスモデルがいかに強力であるかについては十分検証できたと思う。今回は米国でも屈指の人気を誇るFinTech企業PayPalに注目し、その将来性を検証するとともにVISAとMasterCardとの関係について考察していく。またペイパル傘下のVenmoやSquareのCash Appといったデジタル通貨についても触れ、それらが決済業界に与える影響についても考えていきたいと思う。

まず最初に足元の立ち位置を確認しておくが、よくPayPalのライバルとしてSquareやStripeが取り上げられることが多いがPayPalの規模は既に群を抜いている。むしろFintechのライバル達よりもMasterCardの規模に近い巨大企業であり、時価総額はCisco Systems、Oracle、Salesforceよりも大きい。

時価総額(2020/7/24)
VISA 4,287億ドル
MasterCard 3,081億ドル
PayPal 2,026億ドル
Square 533億ドル

Elon Musk、Peter Thielらが出資するStripeは非上場企業であるが、2020年4月の資金調達時における評価額は360億ドルだった。

売上高だけで見ればPayPalは昨年MasterCardを追い抜いたが、過去の3年間の営業利益率はPayPalが16〜17%に対してMasterCardは56〜57%と段違いで、時価総額ではまだまだ大きく離されている。しかしコロナショックによって世界のデジタルコマースの割合は急速に高まると見られており、PayPalはその恩恵を最大限に受けるだろう。2019年の米国の小売市場におけるEC比率はわずかに9%程度と拡大の余地は大きく、向こう数年間でさらにMasterCardに迫る可能性は高い。今後決済のデジタル化のペースがどれほど加速するのかは注目すべきテーマであるが、間もなく発表される2020年の第2Q(4-6月期)決算発表においてその様相が少しずつ明らかになっていくだろう。

決算スケジュール

VISA 7/28(火)
MasterCard 7/30(木)
PayPal 7/29(水)
Square 8/5(水)
※日付は全て現地で変更の可能性あり

株価のバリエーション

2021年の予想EPSに基づくPERはVISA・MasterCardの33〜35倍に対して、41倍を超える水準だ。売上高成長率は2017年が21%、2018年が18%、2019年が15%と年々鈍化しているが、今後の株価についてはコロナ後のデジタル革命がどれほどPayPalに恩恵をもたらすかにかかっている。さらにGoPay(国付宝)株式の70%を取得することで中国初の外国系オンライン決済プラットフォームとなることに成功したが、AlipayやWechat Payが支配する中国市場でどれだけ稼げるのかは長期投資の重要なポイントとなる。

PayPalはアリペイ同様オンライン決済を支援するために生まれた会社

PayPalが提供するオンライン決済は米国では「チェックアウト」と呼ばれ、消費者と小売店の間に入ることで主に2つの役割を果たしている。1つ目は決済における安全性の提供、もう1つはECコンバージョン率の引き上げだ。おおよそ決済額の3%程度を加盟店から徴収することで収益を上げている。多くの人にとってAmazonや楽天にカード情報を登録することに関しては何の躊躇もないだろうが、たまたま価格ドットコムで見つけた無名サイトであればどうだろうか?しかも名前やら住所を一から登録をさせられるとなれば、途中で離脱するいわゆるカゴ落ちが発生しやすくなる。

その点PayPalで決済すれば、カード情報は相手に知らせる必要がないし、名前や住所といった必要な情報を都度入力する必要はなくなる。EC取引を消費者と小売店のみで完結させる場合に比べて安全性と利便性は格段に向上する。最近になってAmazon Payや楽天PayなどのID決済が利用できる機会は増えているが、日本ではあまりPayPalが普及していないせいで、単独でECサイトを運営するハードルがとてつもなく高い。

海外のサイトではAmazonなどの大手を除けばPayPalやStripe決済はほぼデフォルトで利用できることが多い。だからこそ海外の消費者を呼び込むために楽天は今年からPayPal決済を導入したのだが、PayPalは単なる決済ツールに留まらず、集客やECのコンバージョン率を高めるマーケティングツールとして欠かせないものになっている。

手数料体系

PayPalサイトより引用
各国によって異なるが、米国ではオンライン決済手数料は2.9%+0.3ドル、店舗決済では2.7%+0.3ドル、クロスボーダー決済だとかなり高くなる。

PayPalの大きな方針転換

世界的に見てもオンライン決済ではクレジットカードやデビットカードによる支払いが大半を占めており、EC拡大によってカードネットワークは莫大なトランザクションを獲得してきた。しかしVISAやMasterCardにとって危険だったのは、かつてPayPalがカードネットワークの排除に積極的だったことだろう。ビジネスモデルを見れば分かるのだが、PayPalはカード払いに特化した会社ではなく、顧客へ様々な支払い方法を提供している。そして加盟店に対して一律の手数料を課しているが、消費者が選択する支払い方法によって残る利益は大きく変わってくる。クレジットカード、デビットカードの順にコストは高く、PayPal残高、銀行口座を支払い充てるACH(Automated Clearing House)の順に利益率が高くなる。

だからこそPayPalはユーザーに対して銀行口座の登録を必須とし、PayPal残高の引き出しにコストを課すことで決済額の半分以上をACHかPayPal残高払いに誘導していたのだが、この慣習は2016年を境に大きく改められることになった。PayPalはVISAとMasterCardと提携し、ユーザーに対してACHおよび残高利用を推奨せず、それどころか積極的にカード払いへ誘導する仕様へ変更したのだ。コストが高いカード決済の比率が上昇することで当然ながらPayPalのテイクレートは低下することになるのだが、そうまでして得たかったものがある。

オンライン決済を支配するだけではもはや不十分

近年の決済市場における最大の変化は、オンラインとオフラインの垣根がなくなっていることだろうが、それによってPayPalのオンライン市場における圧倒的な優位性が失われつつある。PayPalにとって2014年に生まれたApple Payは今や最大の脅威となった。

ApplePayはNFC(近距離無線通信)に対応し、生体認証やトークン化によって高度なセキュリティを兼ね備えてたモバイル決済ツールだが、Appleユーザーは次第にオンラインにおいてもApplePayを利用するケースが増えた。Appleカードと組み合わせた報酬プログラム、デジタルマネーであるApple Cashの付与、個人間送金機能の拡充が功を奏している。一方でPayPalにとっては早急に実店舗でアカウントを利用できる状況にする必要があった。

VISA・MasterCardとの提携

PayPalがカードネットワークに対して大きく譲歩したことについては既に説明したが、その見返りとしてVISAとMasterCardはPayPalのオフライン市場におけるサポートを約束した。具体的には非接触型決済が導入されている店舗であれば、PayPalアカウントが実店舗の決済で利用できるように開放されたのだ。その後にMasterCardとのパートナーシップは拡大され、PayPalデビットカード、Venmoデビットカードが発行され、MasterCardが利用できる場所であればいつでもPayPalやVenmo残高が利用でき、ATMから出金することも可能となった。

2016年にPayPalがVISAとMasterCardと提携し、協調路線へ舵を切ったことは結果的に正解だったと言えるだろう。MasterCardとの提携によって長年の課題であったVenmoの収益化にも成功している。VenmoはP2Pネットワークを利用した個人間送金ツールとして米国内で最も利用されているアプリだが、もともとPayPalが買収したBraintreeの子会社だった。ライバルのサービスとして銀行連合のZelleやSquareのCash App、AppleのApple Cashなどがあるが、基本的に手数料が無料で便利な送金ツールとなっている。

Venmo、Cash Appのマネタイズ

Venmoは日常的に利用されるデジタルマネーに成長したが、マネタイズのためには店舗での支払いに拡大する必要があった。現在はMasterCardと提携するVenmoデビットカードによって、マスターが利用できる全ての店舗で支払いが可能となった。加盟店はVenmoでの支払いにおいて決済額の2.9%+$0.30を支払う仕組みでこれが収益源となる。SquareのCash Appも同様にVISAのネットワークで利用できるカードを発行しており、仕組みは同じだ。SquareのCash Appはその他にもビットコイン取引で収益を上げている。

VISAとMasterCardの持つグローバルな販売ネットワークはやはり大きな武器だ。VenmoやCash Appも同じアプリ同士でやり取りすることはできても、今のところの実店舗で利用させるにはカードネットワークの協力が不可欠である。中国のAlipayやWechat Pay、それと日本のペイペイのように一から加盟店を開拓し、最も簡単なQR決済を導入する方法もないわけではないが、グローバル戦略を考える米国企業にとってそれは現実的ではない。結論的にPayPalやSquareなどのFinTech企業のビジネスを深堀りするほどにカードネットワークの存在が際立つ結果となった。

Fintechテクノロジーには即時性とセキュリティが必要

さらにFinTech企業が活用するP2PネットワークやACHには、即時性や安全性という重要な部分が抜け落ちている。Uberのドライバーは顧客からVenmoで支払いを受けても銀行にお金が振り込まれるには1〜3日かかる。しかしVISA DirectやMasterCard Sendといったリアルタイム決済を使えば即座に手に入れることができる。(有料だが。)即時決済は他にもThe Clearing House(金融機関の決済機関)が提供するRTP(Real-Time Payments)を利用して銀行も提供しているし、将来的にはFRBもFEDNOWというリアルタイム決済を計画しており競争が進む分野だ。

またデジタルウォレットを活用した決済ではセキュリティが大きな課題となる可能性が高く、これが国家のデジタル通貨戦略においても大きなネックとなっている。VISAは2019年にトークン化技術のRambus、不正防止技術のVerifyを立て続けに買収。MasterCardも2019年にセキュリティのRiskRecon、不正防止技術のethocaを買収するなど近年はセキュリティ分野の強化に注力している。既に2社のトークン化技術やセキュリティ機能は最先端を行っているが、Fintech企業にとって不可欠なパートナーとなるだろう。

将来の決済ビジネスで割を食っていくのは銀行

既に紹介したApple Payはカードを発行する銀行から取引あたり0.15%の収益を得ている。Google PayやSamsung Payは現在のところ取り分を要求していないが、大手ITの存在感は日増しに高まっている。WSJによるとJPMorgan ChaseはAmzonと共同で発行するクレジットカードの収益配分で大幅な譲歩を求められたとのことだ。給与などのお金の入り口が銀行である限り、引き続き強い影響力を持つだろうが決済ビジネスは決済ネットワーク、大手IT、Fintech主導によって進んでいくだろう。

また近年のVISAとMasterCardは、PayPalやSquareなどのFintech企業とのビジネスに熱心であり銀行との間に緊張感が高まっている。VISAが2020年1月に53億ドルという大金を払って買収したPlaidはVenmoや株式取引アプリのRobinhood、AcornsなどのFintech企業にとって欠かせない企業であり、アプリと銀行口座を接続するAPIだ。例えばVenmoなどのアプリは銀行口座に残高があるかを確認しないと取引が進められないが、PlaidのAPIのよって即座に残高を確認できる。既に11,000以上もの金融機関と提携しており、今後もFintechビジネスの要となる企業なのだが、VISAの買収が発表された数日後にJPMorgan ChaseはPlaidのAPIが口座にアクセスすることを禁止している。表向きの理由は顧客のプライバシーの侵害とセキュリティの問題と言うが、根底にあるのは銀行を素通りするビジネスを牽制する動きである。その後、銀行が共同で所有するAkoya(Fidelity Investmentsから独立)が設立されPlaidの機能を提供することとなった。

ECサイト構築プラットフォーム

話が飛んだが、改めてオンライン決済に戻りたいと思う。今や決済サービスはオンラインとオフラインの両面が求められることは十分検証できたと思うし、そのためPayPalやApple Payが今後も高いシェアを維持することはほぼ間違いないだろう。また近年ではECサイト制作を支援するソフトウェア企業も影響力を持っている。今や飛ぶ鳥を落とす勢いで伸びているShopifyは独自のチェックアウト機能を提供しているし、開発者向けに人気のStripeはECサイト構築プラットフォームと積極的に提携している。またSquareはWebblyというECサイト構築企業を買収し、顧客のオンライン戦略を手助けし、さらに自社のSquare checkoutを売り込んでいる。PayPalは最近オンラインショッピングのクーポンを提供するHoney という企業を40億ドルで買収したのだが、WEBマーケティングは決済企業にとっても引き続き重要な戦略となっているようだ。

Squareの見通しについて

最後はよくPayPalと比較される対象であるSquareのビジネスについて説明して終わろうと思う。Squareはもともとオフラインの決済代行会社でありPayPalとは異なるフィールドのプレイヤーだった。長年クレジットカード導入のネックとなっていたハードウェアの初期コストを抑えるソリューションが武器で、スマホのオーディオジャックに差し込んで使うカードリーダーに始まり、ソフトウェアベースのPOSシステムによってiPadなどのタブレット管理を可能とした。コストを抑えることでこれまでカード会社と取引できなかったスモールビジネスの需要を集めることに成功し、ボリューム化することで収益化を実現している。

近年の決済においてオンラインとオフラインの決済の垣根がなくなり、PayPalとSquareはお互いのビジネスがぶつかるようになった。PayPalの実店舗ソリューションである「PayPal Here」は2018年に欧州のSquareとも言われていたiZettleを買収するなど規模の拡大に努めてきたし、Squareがオンライン決済に進出していることは既に説明したとおりだ。

また長期的な見通しとして、Squareは長年申請していた銀行業の免許をついに取得することが決まり、2021年からは預金や融資業務に参入すると見られている。ILC型という特殊な免許であるため業務内容は制限されるが、決済データを握るスクエアは小売店のキャッシュフローや売上も把握できる立場にあり、銀行よりも高度なリスク管理が可能と予測される。Squareが目指す姿はテクノロジー企業ではなく、本質的に金融業であることはPayPalとの最大の違いと言えるだろう。