今回は読者の方よりいただいた質問について回答したい思う。内容は「アップルのIDFA制限に関してFacebookへの影響は大きいか?」というものである。
結論から言えば、間違いなく大きいものと考えている。特にFacebook広告をサードパーティのアプリへ表示させるAudience Networkの弱体化はショッキングな内容で、同社はこの重要なエコシステムの売上高がIDFAの変更によって50%も失われると言う。
IDFAのポリシー変更とは?
Appleはユーザーを追跡するために利用されているIDFA(広告識別子)の機能について、iOS14以降はユーザーへ事前承認が必要となるオプトイン方式へ変更すると発表。Webで利用されていたサードパーティCookieに続く規制だ。
スマホやタブレットに搭載されている広告識別子には強力な追跡機能があり、ユーザーがダウンロードしたアプリの情報、頻度、利用状況を知ることができる。これまでも自らの操作で無効化させることができたが、デフォルトでオンになっている現状ではおよそ7割近いユーザーが受入れていると言われる。
新たに表示されるポップアップメッセージ |
(Facebookが他社のアプリやWEBサイトの情報をトラッキングすることを認めますか?)
今回の変更によって同意するユーザーは10〜20%程度まで減少するだろうと予想されており、デジタル広告の強みであるパーソナライズの機能は著しく低下すると考えられている。
影響が現れる2Q以降についてバンク・オブ・アメリカはFacebookの収益の3%、Snapchatの5%程度が失われると予想し、モルガン・スタンレーは年間ベースで1〜3%の減少、Forbesの記事ではモバイル・マーケティングの専門家が2〜14%の減収を予想している。同じく影響を受ける可能性があるゲーム開発のUnityは、その見積もりが難しいことを前置きした上で、売上高が3%低下するだろうとコメントしている。
プライバシー規制はさらに強化される
最も厄介な問題と考えられることは、Appleにとってプライバシーやセキュリティ強化は、批判を浴びてきた独占的なプラットフォームを正当化する唯一の術となっていることだ。しかも結果的にライバルである広告企業を弱体化させることができる。WebのサードパーティCookie規制と同様にGoogleのAndroidも同様の処置を取らざる得ない可能性がある。
Facebookの投資家は、今回の影響に限らず大局を理解していく必要があるだろう。問題の本質を突き詰めていくと、最終的には消費者が経済的メリットとプライバシーのいずれを選択すべきなのか?という難題にぶち当たることになる。私は経済的なメリットを放棄するレベルの規制が進みつつあることを懸念しているが、残念ながら今後数年間はプライバシーがさらに優先される。それを牽引するのが、欧州のGDPR、カリフォルニア州のプライバシー保護法、それとプライバシーの名のもとに利益を得たい民間企業達だ。
Appleはデバイスとデジタルプラットフォームの双方で成功する唯一の企業であり、その影響力はGAFAMの中でもずば抜けている。その力の前に多くの広告企業は反対の声すら上げられない。声高に反論するのはFacebookのザッカーバーグCEOのみで、しかしその反論も虚しく響くばかりで今のところは大幅に劣勢だ。
Appleのプライバシー保護の戦略
オンラインサービスのマネタイズにおいて、大半はユーザー課金か広告モデルの二つに分けることができる。Appleにとって異なるのは、前者はAppStoreに30%か15%の金を落とが、後者はアップルのサービス部門にとって何の貢献もしないという事である。
IDFAを実質的に無価値にすることで、アプリ会社が広告企業のエコシステムを利用してマネタイズを図る仕組みを破壊することができる。その結果、アプリ企業は無料広告モデルから有料のサブスクリプションへ切替える必要が生まれる。これがザッカーバーグ氏が反論する「プライバシーを理由に競争上の利益得るための手段」だ。
ただし誤解のないように補足するが、これは何を優先するかで意見が別れる微妙な問題だ。Apple側からするとプライバシー保護の結果であり、経営戦略の観点からも合理的で批判するのは筋違いだ。
FacebookにとってはAudience Networkのようなエコシステムを失えば、パートナー企業の広告スペースを確保できなくなる。既に28億人もの月間アクティブユーザーを有する同社にとってユーザー数の伸びには限界がある。これからも20%以上の増収をキープするためには、広告スペースを拡張するか、広告効果をより高めるかのいずれかしかない。
しかしIDFAの制限によって広告効果はむしろ落ちる可能性の方が高く、さらにAudience Network自体を閉鎖する可能性についても言及している。解体論が叫ばれる中、SNS機能を高めるための新たな買収は不可能で、打てる手は非常に少ない。万が一コロナ下における特需が失われた場合のインパクトは恐ろしいが、フェイスブックの21年通期売上高のコンセンサスは前年比+24.8%の1,073億ドルと意外と高い。
経済的メリットかプライバシーか
プライバシー強化は情報を持たない広告企業を退場させ、GoogleとFacebookによる寡占をさらに強める。よって事は望ましくない方向へ進んでいく。競争プレイヤーがいなくなれば、必然的にFacebookグループを解体し、InstagramとWhatsAppを競争させようという意見はさらに高まるからだ。
Facebookが主張するように個人情報を利用した広告システムは、無料のインターネットサービスを支え、何百万もの中小企業を支援する大切なインフラだ。しかし当たり前のように無料で動画やゲームを楽しむことができる今、目に見えない経済的メリットを理解してもらうハードルは高い。
FacebookはIDFAの承認を受けるために、パーソナライズ広告がいかに社会の役に立つかという新聞記事やアプリ通知を掲載し、教育を進めている。しかしそれだけでは明らかにミレニアルズ世代やZ世代には不十分だろう。
IDFAを諦めてコンテキストなどの別の機能を強化するのも手だが、長期的にはパーソナライズ利用によってユーザーがよりメリットを感じる仕組みを構築していけるかどうかだ。「こそっと情報を盗み、広告主に伝える不気味な存在」というレッテルを剥がし、ユーザーに分かりやすくメリットを伝えていけるかどうかだろう。
まとめ
これまで述べた通り問題は複雑かつ根深い。まずは今春にも変更されるIDFAの変更がどれ程のインパクトになるかを見定める必要があるだろう。2Q決算が出揃う7月頃には少しずつ明らかになるはずだ。
また長期的にはやはりIDFAに替わる手段を模索するより、ユーザーから同意を得るための試みをどう進めていくかに注目している。Facebook単独ならばどうにでもなるが、さらなる成長にはAudience Networkのようなエコシステムが必要で、その場合はどうしてもIDFAが不可欠になる。
しかしあまり時間はなく、IDFAの同意が低調のままであれば、Appleはその存在すら抹消する可能性がある。いずれにせよ個人情報、独占などFacebookを取り巻く問題は山積みであり、プライバシーが重視されるであろう今後数年間は厳しい状況が待ち受けている。ただ新興国のマネタイズ機会や決済、eコマースなどのビジネス機会は多く残っており、同社が長期的に有望であることには変わりない。
※本文に書かれている内容は、あくまで個人的な見解であり内容を保障するものではない。またApple社、Facebook社いずれのビジネスをも批判するものではない事をご了承いただきたい。