アドビ

Adobeの時価総額は年内にもオラクルを抜く可能性がある。


振り返ること3年10ヶ月ほど前、2016年春にカナダの独立系金融機関Canaccord Genuityはアドビに初めて「買い」推奨を出した。当時の株価は90ドルそこそこであったのだが、同社のレポートは向こう10年間、つまり2026年頃までに株価が5倍ないし10倍になる可能性があるという衝撃的なものであった。当時はまだサブスクリプションやSaasという言葉もほとんど浸透していない時代であったが、今のところ株価は3倍以上に膨れ上がりさらなる高みを見据えている。



ソフトウェア企業の時価総額において圧倒的な首位はマイクロソフトであるが、それ以降は永らくオラクル、SAPの並びであった。しかしアドビはあと6.5%、セールスフォースは9.2%の上昇でオラクルの時価総額を抜き2位へ躍り出るのだか、もはや時間の問題だけだ。アドビがビジネスを「クラウド」と「サブスクリプション」へ移行させて大成功を収めている事は周知の事実であるが、当ブログでは現在の株価はまだまだ通過点であり、今後の成長も揺るぎないと確信している。



私は数あるソフトウェア企業の中でもアドビがベストと判断しているが、その最大の理由は売上高の70%を占めるデジタルメディア事業(PhotoshopやIllustratorなどのクリエイター向けソフト、DTP、またPDFに代表される電子文書)が市場をほぼ独占していることにある。クリエイター向けソフトについては90年代のAltsys、Aldusに続き、2005年に最大のライバルMacromediaを買収して以降、完全なる独壇場だ。DTP(デスクトップパブリッシング)業界もQuarkXPressが衰退し、現在はアドビの一強状態にある。



長期投資を前提にする場合、投資先企業が持続的に成長できるかどうかこそが最も重要だ。そのため「参入障壁」や「ライバル」は一番考慮すべき項目だが、アドビの主戦場である「デジタルメディア事業」に今のところ「敵」は見当たらない。




しかしアドビは優越的な地位をいいことに、製品価格をあまりに高く設定しているため、より低価格のソフトや無料ソフトに置き換わるリスクについては何度も検証してきた。事実、機能だけ見ればアドビと同等のものは複数存在するし、かつ安価である。しかしクライアントや他のデザイナーとも共同作業が当たり前になる中、業界のスタンダードであるアドビ製品なしに行うことはほぼ不可能で、離反リスクは個人や小規模なユーザーに限られると判断した。さらに時代は既に単にデザインをするだけのソフトに価値を置いておらず、イノベーションを伴った次のステージへ進んでいる。




アドビはクラウド経由でソフトを提供することで、クリエイターの作業工程などの莫大なトランザクションを収集することに成功し、「Adobe Sensei」に代表される自動化・高速化する仕組みを提供するようになった。業界のスタンダードブランドに加え、豊富なデータに裏付けられた利便性が加われば他社が付け入る隙はない。あらゆるビジネスにおいて勝負の土俵では「データ量」がものを言う時代であり、クリエイター向けソフトでAdobeに抵抗することは、もしかしたらAndroid、iOSの2強に割って入ること並に難しいことかもしれない。



FANGやクレジットカードのV、MA、航空機メーカーのBoeing、Airbusに代表されるように成長市場を独占する企業の株価パフォーマンスは圧倒的に違うが、アドビもそれに近いと言えるだろう。


決算状況とバリュエーション

売上高・EPSの推移および直近4回のコンセンサスと結果


2019年通期決算
・2019年通期の売上高は、前期比+23.7%の111.71億ドル。
・EPS(Non-GAAP)は、前期比+16.4%の7.87ドル。
・マーケティング費用が32.4億ドル(前期比+23.8%)で営業費用の52%を占める。
・研究開発費は19.3億ドルで前期比+25.5%。

2020年会社予想
・2020年通期の売上高予想は、前期比+18.3%の131.5億ドル。
・EPS(Non-GAAP)は+23.9%の9.75ドル。

バリュエーション (1/10終値339.81ドルで計算)
・2020年の予想EPS(Non-GAAP)を9.75に置くとPERは34.85倍。
・2021年も20%成長が継続すると仮定すると2021年予想EPSは11.7でPERは29倍。
・2022年も20%成長が継続すると仮定すると2022年予想EPSは14.0でPERは24倍。


こう見ると現在の340ドル程度の株価は、将来の好業績をかなり織り込んでいることが分かる。2019年の自社株買いは27億ドルで、2021年までの残り枠51億ドルを考えれば20年、21年も同程度になると思われ、EPSの押し上げ効果は限定的だろう。



私は今後3年間において売上高成長率は年平均20%以上、自社株買いも含めたEPS成長率は年平均25%程度を予想しており、会社予想やコンセンサスを上回ると考えている。ただそれでもこのバリュエーションで買うならばやはり5年〜10年近く保有しなければ大した成果は得られないと思っている。





事業構造

デジタルメディア事業

□クリエイティブクラウド
2019年売上高は前期比+21.3%の64.82億ドルで全体の58%程度。
・デザインソフトPhotoshop、Illustrator
・動画編集Premier Pro
・DTPソフトInDesign
・Web、アプリ作成のAdobe XD

□ドキュメントクラウド
2019年売上高は前期比+24.7%の12.24億ドルで全体の11%程度。
・PDF作成管理AcrobatDC
・電子署名Adobe Sign

デジタルエクスペリエンス事業

2019年売上高は前期比+31.2%の32.06億ドルで全体の28.7%程度。
・Adobe Analytics「分析」
・Audience Manager「データ管理」
・Adobe Experience Manager「コンテンツ管理」
・Adobe Campaign「キャンペーン管理」
・Advertising Cloud「広告」
・Adobe Target「パーソナライゼーション」
・Magento commerce cloud「Eコマース」
・Marketo Engage「マーケティングオートメーション」





ドキュメント事業の将来性


デジタルメディア事業を構成するもう1つの「ドキュメント事業」の売上高は前期比+24.7%と大幅増となっている。これはPDF作成・管理ソフトの「Acrobat」を従来の永久ライセンスからサブスクリプションへ移行させたことと、モバイルアプリの収益化が大きく寄与した。PDFを閲覧するための「Acrobat Reader」は無料提供されているが、作成するには有料のAcrobatDCが必要。



「ドキュメント事業」の売上高は全体の1割程度と、今のところ大した貢献はしていないのだが、もしかしたら将来一番美味しいビジネスになるかもしれない。というのもビジネス上の「ワークフロー」が電子化するに連れて、電子文書のニーズも高まるであろうし、また音声を文字にする技術が進んでいる。ようやく日本でも電子決済が普及しつつあるが、ある日を境に今度は「文書の電子化」が大幅に進む可能性はある。



電子署名は印刷代は勿論のこと、印紙代や郵送費用も不要であり、あとはいつ普及するかというタイミングの問題だけだ。電子文書がベースとなる時代が訪れれば電子署名のAdobe Signのビジネスチャンスは拡大する。



アドビは抜かり無くサービスナウと提携することでその重要なワークフローにAdobe Signを追加することに成功した。オンラインストレージDropboxの他、セールスフォースやSAPのソフトにおいてもAdobe Signを連携させている。最重要パートナーであるマイクロソフトとはOffice365、SharePoint、Dynamics365においてAdobe Signの提供、PDFとの相互機能を強化している。



Microsoftのサティア・ナデラCEO、Adobeのシャンタヌ・ナラヤンCEOはともにインド南部ハイデラバード出身で高校の同窓だと言うが、この2社の戦略的パートナーシップはかなり強固だ。Adobeの「Experience Cloud」とMicrosoftの「Azuru」は深い関係にあり、特にアドビの「デジタルエクスペリエンス事業」は大きな恩恵を受けている。




デジタルエクスペリエンス事業


デジタルエクスペリエンス事業は2009年に18億ドルで買収した「Omniture」、現在のアドビアナリティクスをベースに、2012年にマーケティング、 広告、 アナリティクス、 コマースを含む包括的なソリューション提供するサービスとして生まれた。2018年にECプラットフォームの「Magento」を16.8億ドルで買収、マーケティングオートメーションの「Marketo」を47.5億ドルで買収し、いずれもエクスペリエンスクラウドに統合した。



歴史は浅いが、前期の売上高成長率は31.2%と主力のクリエイティブ事業の21.3%を大幅に超える。向こう3〜5年においてアドビの価値を上振れさせるとすれば、それは「Experience Cloud」のでき次第であり、「Document Cloud」に比べて即効性がある事業だ。



しかし市場を独占しているデジタルメディア事業とは異なりライバルは多い。顧客管理においてはセールスフォースが圧倒しており、オラクルやマイクロソフトも参入している。マーケティングオートメーションではHubSpotやオラクルが強いし、EコマースプラットフォームではWordPressで有名なAutomattic傘下のWooCommerceやショッピファイ、オラクル、セールスフォースが買収したデマンドウェアがしのぎを削る。



ただ全体としてマーケティングクラウド市場全体が2桁成長しており、当面の間は競争をしながらも恩恵を受け続けるだろう。会社側は2020年度におけるデジタルエクスペリエンス事業の成長率を+16%で見ているが、若干保守的ではないかと思う所以だ。



この分野のおいてもAIおよび機械学習テクノロジーである「Adobe Sensei」が競争の源泉力となっており、 コンテンツ管理や電子メールキャンペーン、広告効果の測定における自動化など様々な領域で生かされている。「Experience Cloud」は必要な機能をほぼ取り揃えたシームレスな顧客体験を実現しており、競合他社の製品と比較しても十分優位性はある。


まとめ

クリエイティブ事業は冒頭から述べた通りで安泰である可能性が高いのだが、昨年もiPad版のPhotoshopやIllustratorの発売、お絵かきアプリ「Adobe Fresco」など引き続き革新的な製品を生み出している。サブスクリプション価格の値上げというカードも保有しており、今後も引き続き20%以上の成長が期待できるのではないだろうか。今後3年ぐらいはそれに加えてエクスペリエンス事業をいかに伸ばせるかどうかにかかっている。競争相手は多いが、アドビのマーケティングクラウドはいずれの分野でもそこそこ競争力があり、トータルのサービス提供力はセールスフォースに次ぐと評価している。



現在の株価は既にそれなりの成長を織り込んでおり、今後市況状況が悪くなる場面があれば大きく下がる場面もあるだろう。その時は新たなに投資を考える人には絶好のタイミングになるかもしれない。