DXの波はものづくりの世界へ
テスラが走行する車両から情報を収集し、ソフトウェアのアップデートによって機能を追加していることは有名だ。リモートで加速や安全機能を強化したり、ブレーキの不具合を修正する革新的なテクノロジーは、ハードの修正が必要となる自動車メーカーを完全に時代遅れにしている。
リアルタイムな情報を元にデジタル空間で再現して分析する手法は、最も革新的なテクノロジーと言われる「デジタルツイン」だ。製品をテストするシミュレーションはもちろんARで仮想化して深い分析を行うことができる。さらにIoTによってデータを生産拠点へつなぐことで、いずれ完全に自動化されたインテリジェントな生産システムを作ることができるだろう。まさに工業国ドイツが提唱するインダストリー4.0で理想とされる姿だ。
これまでの製造業のイノベーションと言えば、生産拠点を新興国へ移したり、ファブレス方式を採用したり、オートメーション化やロボット導入しかり、その役割の多くはいかに安く生産できるかにあった。そのおかげでホンハイなどの台湾企業が得意とするEMSがその恩恵を受け続けてきたが、これからはものづくりのデジタル化を支援する企業が恩恵を受けていく。
CAD・PLM企業の躍進を予想
私が見ているのはCADやPLMをサポートするソフトウェア企業で、主なプレイヤーはオートデスク(ADSK)、PTC(PTC)、ダッソー・システムズ(フランス)、シーメンス・デジタルインダストリーソフトウェア(ドイツ)である。CADというのは2Dや3Dの図面を作成するソフトウェアのことだが、現在は設計に留まらず作成したCADデータを加工用に変換するCAM、シミュレーションするためのCAE機能に加え、製品全体の管理を行うPLMが大きな役割を果たしている。
業界全体の流れとしてはCADからPLMまで機能をオンプレミスからクラウドベースのSaaS製品に置き換える動きが活発だ。データ共有の利便性やIoT機能の強化からも当然の流れではあるのだが、パンデミックがこの変革のスピードを加速させている。
企業は生産ライン、引き渡し後の利用状況、リサイクルに至るまでのあらゆるプロセスの情報をリアルタイムで収集し、パフォーマンスに関する重要なデータや物理的な問題を検知しようとするだろう。多くの情報を得ることで、より優れた製品開発をより短いサイクルで行うことができる。
デジタルツインの中心的な役割を果たすIoTなどのテクノロジーは既にGEやシーメンスの他、数多くのオートメーション支援企業、産業用ロボット企業によって提供されているが、核心的な部分はソフトウェア企業が支配するというのが私の見立てだ。ものづくりのプラットフォームにおいて最終的には製品の設計を行うCADやシミュレーションを行うCAEが最も重要な部分を担うからだ。事実、産業用オートメーションの大手であるロックウェル・オートメーションはPTCへ10億ドルの出資を行って戦略的提携へ踏み切り、オートデスクとも関係構築を進めている。ABBはダッソー・システムズとデジタルソリューションで協業している。
CAD・PLM業界
今のところCAD、PLM業界におけるリーダーはオートデスクとフランスのダッソー・システムズだろう。オートデスクはAutoCADに代表される汎用タイプで広く利用される製品が多いのだが、ダッソー・システムズは高度なハイエンドモデルに強みを持つ。そのためマーケットが大きい自動車や航空機業界を支配しており、PLM市場でも最大の勢力となっている。同社のハイエンドモデルのCAD製品「CATIA」やPLMソフトである「ENOVIA」はあまりに有名で、新たなクラウドプラットホームである3DEXPERIENCEの運用を含めて将来性は高い。
また「いずれIoTとARが、CADとPLM市場を超える可能性がある。」と話すのはPTCのCEOであるJim Heppelmann氏だ。PTCはこれまでに挙げた企業の中で最弱であり、時価総額はオートデスクの5分の1しかないのだが、私はCEOの先見性、戦略性はピカイチと評価している。PTCはハイエンドモデルのCADである「Creo」とPLM製品である「Windchill」が有名だが、IoT製品「Thingworx」とAR製品の「Vuforia」が今後5年間で同社の価値を倍増させる可能性がある。
エンジニアリングソフトウェアは新たな局面へ
製造業や建設業をはじめ、ものづくりなどのフィジカルの世界にはまだまだ非効率な部分が多く、デジタル化によって改善できる余地は大きい。生産面の合理化はもちろんだが、オートデスクのCEOであるAndrew Anagnost氏は建設の現場では約30%の材料が無駄になると言う。今後生産時のCO2排出量、資源やエネルギー消費量の抑制は企業にとって避けられない問題だ。またビルなどの建造物のトータルのコストで見ると、建設費用よりも管理するためのランニングコストの方がはるかに大きい。単にものを生産して引き渡すだけではなく、どう管理できるかも含めた運用面が重視されていくことは間違いないだろう。
日本の清水建設はスマートシティ構想の中核を担う都市デジタルツインにおいてオートデスクと協業するとのことだ。車にしろ建物にしろ、ハードが主体な時代は終わった。テスラが既に証明した通りソフトウェアを主体した創造が、変化に柔軟であらゆる環境に対応できるのだ。私は長く製造の支援を行ってきたエンジニアリングソフトウェア企業がGAFAMが持たない専門的な情報と経験を武器にものづくりのプラットフォームとして活躍する未来を予想している。
オートデスク