創業者ラリー・ペイジ氏、セルゲイ・ブリン氏の退任後に注目
過去3年間を見ればアルファベット株は、アップルやアマゾン、フェイスブックなどの大手ライバルに対して明らかに遅れをとっており、その最大の原因は「株主還元」と「情報開示」の弱さにある。それが2人の退任によって大きく改善されるようであれば、同社株への見方を大きく改める必要があるだろう。またクラウド事業に光明が見えた今、当ブログではサンダー・ピチャイCEO、ルース・ポラットCFO体制へ完全に移行できれば2年後の2021年末の目標株価を2,000ドルと定めている。
私はアルファベット株が2016年2月に時価総額で初めて首位アップルを抜いた時、その地位は少なくとも向こう10年間は安泰と考えていた。何故ならアルファベットの大半の収益を稼ぎ出すGoogleは検索エンジンの90%、スマートフォンOSの75%、ブラウザーの65%を占め、年々拡大するデジタル広告における不動の地位を築いていたからだ。ビル・ゲイツ氏はマイクロソフトの最大の失敗はモバイルOSを取れなかったことだと言うが、時代の主役は間違いなくGoogleであるはずだった。
eMarketer:Global Digital Ad Spending 2019 |
eMarketerによると2019年の世界デジタル広告支出は前年比+17.6%と依然として強く、その規模は3,332億5000万ドルになる見込みだ。世界全体の広告費用のうち半分以上がデジタル広告に移る中、Googleのシェアは31%と他を圧倒しており、見込み収益は1,037.3億ドルにものぼる。
当初の目論見通りGoogleは順調に収益を伸ばして来たのだが、3年10ヶ月が経過した今、時価総額は首位を維持するどころかマイクロソフトにも抜かれ、首位アップルとは3,000億ドル以上の差をつけられる有様だ。その完成されたビジネスモデル、競争優位性から見れば不本意であることは間違いないだろう。
自社株買いへの姿勢に注目
第3Q終了時点でアルファベットが保有する現金および同等物、売買可能な有価証券の合計額は1,091億ドルにのぼる。PLを見れば2020年度の予想PERは25倍程度と割高だが、「足元の20%成長」、「バランスシートの現金資産」、「コストカットの余地」を考慮すれば十分投資に値する。ピチャイCEO体制における最大の注目点が「株主還元への姿勢」であることは言うまでもない。これまでのアルファベットの株主還元は米国で最低レベルであり、1,000億ドルを超える手元資金、年間250億ドル以上のキャッシュフローが見込まれる中で、2019年第3Qに実施された57億ドルの自社株買いはあまりに少ないだろう。しかも同社はストックオプションでC株を毎年大量に発行しており、大して相殺できていない。時価総額トップのアップルは直近1年間でおよそ670億ドルの自社株買いを実施して株主へ報いている。
情報開示の重要性
未だにYoutubeの売上高が分からないことは投資家にとっては悲劇とも言えるだろうし、企業のガバナンス体制としても大いに問題がある。私はこの方針はまさに創業者2人の意向であると考えていて、さすがに今後改善されるのではないかと感じている。特にピチャイ氏は今年4-6月決算発表においてクラウドの売上高を公表してくれたことから、今後透明性は向上すると予想する。使わない手元資金を投資家に還元し、ビジネスの状況をより詳細に報告する。たったこの2つだけでアルファベット株は劇的に上昇するはずだ。
クラウド事業に注目
事業内容に目を移そう。ここ3年間で大成功を収めたマイクロソフトとアマゾンとの最大の差は「クラウド事業」だ。アマゾンに至っては今やAWSが本業のECよりも稼ぎ頭であることは有名であるが、アルファベットも広告以外の大きな事業に育てられるチャンスがある。しかしクラウド事業は今のところトップ2社に差をつけられており、IaaSやPaaS市場では業界3位をIBMと争うレベルだ。しかしその大きく出遅れていたGoogleクラウド事業は、今まさに拡大しており私は来年以降の株価上昇の原動力になると予想している。直近発表されたアルファベットの2019年7-9月期決算において売上高は+20%の405億ドルであったが、牽引したのは+17%の広告事業ではなく、「アプリ」、「ハードウェア」、「クラウド事業」などで構成される「その他収入」の+39%だ。
「その他収入」は第3Qにおいて64.3億ドル(全体の15.9%)を計上しているが、その内訳や詳細は明らかにされていない。ただピチャイ氏は第2Q決算時にクラウド事業の規模が20億ドル相当(年間80億ドル)に達したことを明らかにしているが、これは前年比2倍の水準だ。Pixelなどのハードの売上高は大したものではなく、アップルのサービス部門の7-9月期の成長率は+18%であることからアプリもそこそこであり、やはり成長を牽引したのはクラウドだろう。
メインの広告事業は今後も堅調に推移すると思われ、そこにクラウドが第二の収益の柱として育てば株価上昇余地は大きい。ただしデータセンターやサーバー投資が重しとなり、第3Qの設備投資額は前年比+27%の67億ドルと大幅に増加した。さらに従業員数が75%も増加し、コスト管理は相変わらず甘く、利益率が年々低下していることは大きな懸念材料である。第3Qの営業利益率は24%とライバルのフェイスブックの40%から見ても大きく見劣りする。逆に言えばそれだけ「カイゼン」できる余地があるということだが。
インド人CEOの改革ぶりがすごい。
マイクロソフトのサティア・ナデラCEO、アドビのシャンタヌ・ナラヤンCEOともにインド人であるが、いずれも大胆なクラウド化を図って大成功した。アルファベットの新CEOサンダー・ピチャイ氏もインド出身で、必然的に期待してしまう。長らくChromeやAndroidの責任者を務めた人間であるが、今後どのような改革を起こすのか注目していきたい。懸念材料
退任後もラリー・ペイジ氏とセルゲイ・ブリン氏は取締役会に残り、かつアルファベット株を議決権ベースで51%を持つことから、2人影響力がどこまで削がれるかは微妙なところである。アルファベット株は議決権があるA株と議決権のないC株の両方を上場させているが、2人は議決権が10倍付与されている非公開のB株を持つ。B株は現在顧問に退いているエリック・シュミット元CEOらを含めてわずかに5人しか保有していない。退任した両氏のB株が今後A株に転換されるかどうかは気になるところだ。デジタル広告市場も鈍化していく。独占禁止法、解体の流れも
eMarketerの予想に基づくと、アルファベットの広告事業は2023年に8%しか成長しない可能性がある。おまけにフェイスブックはもちろん、アマゾンが強敵となりつつあるため、より鈍化することもあり得る。これはつまり長期投資においては、広告以外の事業が育たなければ高いリターンは期待できないということだ。今回述べたクラウド事業はもちろん、特に注目されているウェイモのMaaS事業やビジネス向けのソフトサービス「G Suite」など、未知数な部分に賭ける必要がある。またウエアラブル端末Fitbit(フィットビット)買収に見られるヘルスケア事業への参入も注目に値するが、同社の参入を快く思わない向きもある。特に病院運営のアセンションとはAIを活用した医療システムで協業しているが、医療情報を収集していたことが判明し、大きな反感を買っている。
力を持ち過ぎた同社を取り巻く環境は日増しに厳しくなっているが、特に独占禁止法による制裁や解体のプレッシャーはより強力になっていくだろう。ただCEO交代を契機に、長年株価を低迷させた「株主還元」や「情報開示」といった面が改善されれば、悪い見通しを相殺して十分な株価上昇が期待できる。種類株を使った経営権の支配自体はもちろんルールの範疇だが、それには相応の責任が求められるはずだ。
創業者2人が残したもの
投資家サイドに立つとついつい厳しくなってしまうが、最後に創業者2人が残した功績について述べたい。まずグーグルの検索ビジネスは当初からあまりに完成されすぎていて、上場から15年も経った今も何一つ色褪せないことがまず凄い。「世界中のあらゆるデータを整理するという野望」は本質を捉えており、時代の流れに沿っている。さらに本業で得た資金を積極的にリスク事業へ注ぎ込み、自動運転のWaymoはその典型だろう。VCやエンジェル投資家もリスクテイカーとしてその役割を担っているが、取れるリスクには限界がある。アルファベットはそれらの領域をはるかに超えている。例えば今年話題となった量子コンピューターはその筆頭で現在の最高性能を誇るコンピューターで1万年かかる計算をわずか200秒で終えることができたとのことだ。さらに傘下のCalicoという企業は「老化」に対する研究を行うライフサイエンス企業で、Verilyは難病に対する医療プロジェクト企業である。いずれも商用ビジネスにはほほど遠いチャレンジングな段階だ。
アルファベットにはグーグル事業(検索、Youtube、Android、クラウド、ハードウェアなど)とその他事業(Waymo、Access、Verilyなど)に別れており、後者は冒険的事業とか「ムーンショット」と呼ばれることも多い。ムーンショットに多額の資金を注ぎ込むことに対して賛否両論はあるが、イノベーターとして社会的な役割を担っていることは確かだろう。