近年のeコマース市場の変化としては、AmazonやeBayなどの大手ECプラットフォームを通さず自社サイトで販売を強化する動きが顕著だ。
巨人アマゾンは米国EC市場の50%近いシェアを持つが、それを強力に後押ししているのは、米国内だけで1億人と言われるプライム会員達だ。世帯別では3割以上が契約していると言われているが、消費者は年々Googleなどの検索エンジンを飛ばして直接Amazon内で商品を物色するなどEC市場を掌握し、その様相は完全なる包囲網と言えるだろう。しかしその一方で零細企業が独自にサイトを制作し、販売を成功させるケースが増えている。それを可能としているのは商品プロモーションを支えるInstagramなどのSNSと、安価にECサイト構築を手助けするShopifyなどのソフト企業の台頭だ。
Shopifyの株価推移 |
企業が自社サイトによる直販をいかに熱望しているかは、カナダのECサイト構築プラットフォームShopifyの株価を見れば一目瞭然だ。同社はネットショップ開設から決済、配送に至るまで、あらゆるサービスをクラウド経由で安価に提供しているが、業績の伸びは著しい。収益源はクラウド経由で提供するEコマースソフトウェアの利用料と、決済時の手数料がメインだ。
売上高推移 |
ショッピファイの売上高は2014年から2018年までの5年間に約10倍となっている。その勢いは多少衰えたとは言え、今年の成長率も前年比+44%程度、額にして15.4億ドル程度になると予想されている。株価は直近3年間で8倍、2015年5月21日の初値28ドルから見ると、わずか4年4ヶ月足らずで12倍と驚異的だ。
大手ECサイトであるアマゾンや楽天へ出店する最大の魅力は、集客力とその高いリピート率ではあるが、手数料の高さもさることながら出店する企業側は明らかに不満が募ってきている。その最大の理由は大切な購買データを得られないどころか、特にアマゾンのように自社販売も併せ持つプラットフォームに利用されるリスクに加え、すでに裁判沙汰にもなっているが他のサイトでの販売価格にまで口出しをされていることだろう。
アマゾンのプラットフォームは強力であり、今後もそれに依存する構図は変わらないだろうが、企業は並行して自社サイトへの投資を続けていくだろう。企業側は消費者のデータを元にサービスをカスタマイズしたり、サブスクリプション型ビジネスを結ぶことを望んでいる。
大手ECサイトを利用しない場合の最大の課題は「集客」であることは明白だ。しかし最近はFacebook、Instagram、Twitter、PinterestなどのSNSプロモーションが有効で、それが企業の自社サイト販売の成長を支えている。消費者はネットショッピングにおいて画像などの視覚的な要素を好むようになってきており、特にInstagramは企業のマーケッティングの要となりつつある。グーグルも画像検索機能を強化し、ディスカバーにおける視覚的な広告機能を拡充しており、Pinterestの領域を侵攻している。
私は普段チェックしているセールスフォースやアドビがECプラットフォーム企業やマーケティングオートメーション企業を次々と買収していることからも2017−2018年頃にこの分野には注目していたが、Shopifyやhubspot が正直ここまで爆騰するとは想定外だった。むしろECサイト構築やマーケットオートメーション企業は乱立していて、それよりもInstagramを持つフェイスブックの成長に気を取られていた。
※セールスフォースは2016年にECサイト構築プラットフォームの「Demandware」を買収、2013年には現在の「Salesforce Marketing Cloud」の全身であるマーケティングオートメーション企業「ExactTarget」を買収。アドビは2018年にECプラットフォーム「Magento Commerce」とマーケットオートメーション企業である「Marketo」を買収。
ECサイト構築プラットフォーム企業はWooCommerce(WordPressなどを持つAutomattic傘下)、Magento(アドビ買収)、BigCommerce、Squarespace、Wix、Volusionの他にも複数社ある。この中で上場しているWixも非常に業績堅調であり直近3年間で株価は3倍に。
かつてWEB制作といえばIT企業の代名詞で、最近は知らないが、今から15年ぐらい前は単なるサイト制作にショッピングカートをつければ○十万みたいな時代もあったのだ。それが今やショッピファイを使えば月間3,000円〜3万円ほどで全てが事足りる。サイトを作るのにWEB製作会社に頼む必要はなく、HTMLやCSSはもちろん、JavaやPHPも一切不要で、サイト構築が可能だ。
サイト作成にとどまらず、決済や在庫管理システム、配送、オムニチャネルに対応したPOSなど必要な全てを提供している。より高度なマーケティングが必要であれば安価なマーケティングオートメーション企業のソフトがたくさんあって、わざわざ人に頼んでコンサルしてもらう必要もない。
競争の場はフルフィルメントへ
ECサイトプラットフォームの競争の場は、もはや操作性やデザイン力や決済システムを超えて「発送」までを管理する「フルフィルメントサービス」機能へ移っている。ショッピファイは今年の6月に物流サービスへ参入し、顧客向けに商品の保管や発送拠点としてのフルフィルメントセンターを構築。さらに先日は倉庫の自動化など物流ソリューションを手掛ける「6 RIVER SYSTEMS」を4.5億ドルで買収した。その目は完全にAmazonを見据えている。
インターネットの普及とともにECは当たり前のものとなったが、Amazonは「IT」に分類されることはなく、ずっと「小売企業」だった。EC取引はその多くがデジタルの世界で行われるわけではあるが、その実態は「注文処理」、「梱包」、「在庫管理」、「配送」というフィジカルな面が大きいことに気がつく。
大手ECにとって「配送」はアキレス腱だ。Amazonやアリババは過去にクリスマス商戦、中国の「独身の日」など注文が集中する時期にその処理が追いつかないという失態もあったり、運送会社との交渉はタフなものであった。Amazonほどの企業が物流会社に命運を握られるリスクを回避する動きは、ある意味当然ではあるがそのスピードは群を抜いている。WSJによると2017年にAmazonが自社配送した割合は15%程度に満たなかったものが、現在は1日あたり480万個と言われている荷物の約半数にまで拡大していると言う。物流施設は全米で400ヶ所の増強され、ついにはFedExとの契約を打ち切るまでに至った。
アリババのジャック・マーは物流には進出しないと明言していたが、自前の物流が好評で業績を伸ばしてきたJDドットコムの台頭、そもそも脆弱な国内物流事情もあって「菜鳥網絡」を共同で設立。アリババはECは事業拡大のためにその後もYTOエクスプレス、ZTOエクスプレス、STOエクスプレスなどへ出資して物流能力を強化してきた。
ECプラットフォームの成功には物流がキーとなりつつあることは間違いないだろう。ここは大手ECが最大の優位性を持っていた分野ではあるのだが、そこに踏み込まれるとなると情勢はさらに大きく変わるかもしれない。配送においては規模の論理もあり、ショッピファイが顧客向けフルフィルメント機能を拡充させるとなるとAmazonも気が気ではないだろう。
もちろん配送拠点の規模や充実度から見ればその差は歴然だ。ショッピファイはフルフィルメントへ10億ドル規模の投資を発表しているが、Amazonが配送にかけるコストは年間に617億ドルであり比べるにも失礼な話だ。しかしAmazonにとってこれまで散々世話になってきたFedExやUPSはもはや不要となりつつあり、これらの運送会社との提携の余地は大きい。先日買収した「6 RIVER SYSTEMS」は元Amazonロボティクスの幹部によって作られた会社ではあるという皮肉もあるが、ショッピファイは他の小売店同様にAmazonを警戒してGoogleのクラウドを利用し対抗心を燃やしている。
AmazonがECにおけるシェアを落とすとはまるで思わないが、企業はもう1つの選択肢として自社サイトへの投資を拡大していくだろう。そのためShopifyやInstagramは今後も業績を拡大する可能性が高い。
ショッピファイへの投資価値
2019年9月13日時点の時価総額381億ドルは、今年の予想売上高15.4億ドルの24.7倍。2019年の予想EPSをベースにしたPERは555倍で、利益がほとんど出ていない状況を加味してもかなり割高だ。ただキャッシュフローが黒字で、投資に回す資金があることは大きい。Saas系企業の株価は只今大幅調整の最中であり、今後大きく下落する展開では投資先候補に上げるかもしれない。
目先は割高だが、5年から10年スパンで見たときに成長の余地は大きい。eMarketerによると世界のEC市場は2019年に20.7%成長すると見込まれているが、米国では小売全体におけるECの割合は未だ10%程度であり、株価もまだまだ道半ばである可能性が高い。
Global Ecommerce 2019