米国では長らくAmazonやApple、GoogleといったIT企業が金融を根底から変えてしまうのではないか?との期待があったのだが、規制の問題もあってほとんど進んでいない。その間に世界最強のフィンテック企業の座に着いたのは間違いなくアリババグループの金融会社であるアントグループだろう。
一国の話とは言え、一企業がここまで決済と金融を支配した例は他にない。アントは決済や資産管理のプラットホームを抑えた企業が、いかに「融資」という伝統的な金融ビジネスでボロ儲けできるかを証明した。「花唄」、「借唄」といったマイクロレンディング事業は、既にアントの代表的なビジネスである「決済」を上回り一番の稼ぎ頭だ。驚くべきはそのスピードであるが収益は過去3年間で急速に拡大し、今や全体の4割を叩き出す。
アントグループの融資ビジネス
アントの融資ビジネスの本質はプラットホーム運営にあり、実際に金を出すのは提携する銀行だ。莫大な顧客情報に基づくアルゴリズムをベースに与信判断を行い、銀行への仲介または証券化して転売するコミッションモデルとなる。ただ厳密に言うと貸出債権の2%程度は自社のバランスシートで保有しているが。
これはIT企業が金融機関と見なされず、規制を回避して行う代表的なビジネス手法だった。実際にアントは融資の98%に対しては一切の信用リスクも取っておらず、資金も不要なためバランスシートを拡大させる必要もない。
しかし中国当局はアントに対してローンの30%を自己資本で行うように要求している。
アントの融資ビジネスは、今や1.7兆元(25兆円)規模の消費者ローンと4,220億元(6兆円)の中小企業向けローンを抱えるまでに成長し、当局の厳しい目が向けられている。ローン残高の3割を自己資本で賄うとなれば莫大な追加資本が必要となり、仮に現時点でその条件を飲むとなるとその額はおよそ1.5兆円に達する。
真に優秀なビジネスは、常に少額の資本で大きい利益を上げるものだ。だからこそ規制を受けないために、米国を中心とするIT企業は金融ビジネスに深入りし過ぎないように注意を払っている。アントの融資ビジネスが資金調達を必要とするものになるならば、収益性の低下は避けられないだろう。
当局の狙いは?
アントの貸倒れ率が、中国のどの銀行よりもはるかに低いことは有名だ。しかも顧客の大半が銀行サービスを受けられなかったリスクの高い層であることを考えればいかにすごいかが分かる。同社のテクノロジーは低所得層の資金繰りを支えるという社会的な意義を果たした上でマネタイズに成功した、まさに非の打ち所がないものだ。
それだけにジャック・マー氏が従来型の金融規制を押し付けられることに対して激しい反発を持つ理由は分かる。一部報道によると10月の講演会では「バーゼル規制は老人クラブに似ている。」との過激発言で当局の怒りを買ったようだ。
しかし当局の懸念も分かる。いくら優秀な融資モデルであったとしても、一社のビジネスがあまりに高いシェアを持つことは好ましくない。それが金融であればなおさらだ。またかつて投資銀行が腐ったサブプライムローンを証券化してばら撒いたように、モラルハザードに対する警戒心もある。
信用リスクを取らないオリジネーターは、手数料を上げるためにいくらでも融資額を積み上げたいとのインセンティブが働く。またアントのプラットホームを利用する銀行は自らはデューデリジェンスを行っておらず、完全にアントの与信判断を受け入れることになる。
アント側からすると、同社の与信判断は人為的な考えを一切排除しているとの反論があるだろう。ただシステム全体のリスクを管理する側からするとオリジネーターにも一定の信用リスクを取らせることで過度なレバレッジを自重し、信用リスクに対してより慎重に対応するように仕向けたいのだ。
アントの金融テクノロジーは、未だかつてないレベルのものだ。仮にこの仕組みが中国全土に行き渡り、効率的な金融システムが構築されたとなると中国の力は一層高まるだろう。しかしあまりに優れたテクノロジーであるからこそ影響力が大き過ぎて、いざという時のリスクは計り知れない。中国当局はイノベーションを認めつつも、同時に厳格な管理体制でヘッジしておく選択を選んだ。
イノベーションと規制。ジャック・マーの失言はアントグループへの制裁を早めたかも知れないが、いずれ避けられない問題だっただろう。1つ言えるのは金融ビジネスへの参入が規制との戦いになるのは、中国に限らず米国などでも同じであるということだ。金融のどん臭さを、ITの力で一掃したいというのは多くの経営者や消費者が願うことではある。しかしアントの問題は、それを管理する体制面がまだまだ追いついていない現状の難しさを浮き彫りにしている。